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12.09
Mon

阿漕(あこぎ)

カテゴリ:阿漕
□人の心のあわれを誘う晩秋、神の国、日向の僧が伊勢参宮にのぼり、
はるばるの海路を経て阿漕が浦に着きます。
古歌にも詠まれた名所なので見物しようとしているところへ、
釣り竿をかついだ老人が近づいて来ます。
老人は独り言をブツブツと言っています。生業が苦しいのは自分だけではないが
どうして選りもにもよって仏戒を犯し、殺生をする漁師の家に生まれて来たのだろうかと
我が身をかこっています。
僧は老人を見て、源平盛衰記にある和歌を思い出します。
「伊勢の海、阿漕が浦に引く綱も、度重さなれば顕れぞする」。
老人も、古今六帖の歌「逢うことも阿漕が浦に引く綱も度重なれば顕れぞする」の
歌を教え、さらに漁師のような下賎の者でも、名所旧跡に住んでいると
自然に風流心が備わり、和歌の道の人達に劣ることはないと自負します。
僧は阿漕の謂われをたずねます。「昔この浦は伊勢神宮の神前にお供えする
魚を捕る所で、神への恐れもあるので固く漁を禁じられていました。
所の漁師は固く禁漁を守っていましたが、阿漕という漁師は漁への執心のあまり
夜な夜な忍んで網を引いていました。
度重なるうちに露見して捕らえられ、
この浦に沈められました。
阿漕は死後も密漁という悪名を残し、冥土では地獄の責めに苦しみ、
そのうえ西行法師が出家前に、忍び妻に執念を燃やしたとき、阿漕、阿漕という
たとへに引かれ、責め一人にされたことは悲しいことです。」老人はこう語りました。
僧は老人が阿漕の幽霊で生前、悪名を立てられた恨みを述べるために
来たのだと気付きます。
やがて老人は憑かれたように網を引きはじめます。
突然、突風が吹き、波立ち、漁の火も消え、老人の叫び声を
残して、ことごとく消え失せます。
老人はもとの地獄へ引き戻されたのです。

阿漕の身の上を哀れんだ僧は、回向の法華経を読誦します。
やがて四手網を担いで憔悴した面持ちの阿漕の霊が現れます。
地獄に落ちたのは自ら作った罪の因果なのだから世の中を恨みはすまいと
独り言をいいますが、また急に物に憑かれたかのようにキッと沖を見据え、
神前の贄の綱は、まだ引いていないようだといい、あたりに人の気配のないことを
確かめ、しのび忍びに綱を引き始めます。
生前、恋の道のたとえになったことや、禁漁を犯すほどの漁への執念は、
死後も娑婆への執心となって、再びこの世にたち帰り、網を引くのです。
網を仕掛け、四方の隅々から丹念に魚を追い込みます。
浄土へ引導するはずの僧の読経も、耳には聞こえても心にはは届きません。
やがて魚で重くなった網を念入りに引き上げます。
突然火の波が押し寄せ、人も、網をも焼きます。
あたりは地獄となり、生前、捕った魚は悪魚、毒蛇となって襲いかかり
猛火はその身を焼きます。
「助け給へ」と叫び声を残して漁師は地獄の底へ消えていきます。

□この能のワキは、流儀によっては日向の在家の人という設定もあるようですが
金剛流では西国の僧です。
「伊勢も日向も隔てなき(伊勢も日向も同じ神の国の意)」とあるので
日向の僧と解してもいいかもしれません。
日向は天孫降臨の国であり、伊勢は伊勢神宮、能野三山など神道の中心地です。
特に能野三山は、神仏習合、修験道の所縁(ゆかり)の地でもあり、
日向の僧という設定は妙を得ているといえます。
僧が神社に参詣することは、能でも「巴」に、行教和尚が宇佐八幡に詣で、
「かたじけなさに涙こぼるる」と詠み「春日竜神」では、明恵上人が入唐渡天の志の
成就を、春日明神に祈願する、などがあります。
清水寺には、地主権現が祀られていますが、寺院の境内に小さな神社が
祀られているのは少なくありません。

□この能は「善知鳥(うとう)、鵜飼」と共に、三卑賎(さんぴせん)と呼ぶそうです。
釣竿を肩して現れたシテ、老人は「せめては職を営む田夫ともならず」と悲嘆し
「善知鳥」のシテは「とても渡世を営まば士農工商の家にも生まれず」と嘆きます。
たとえ生活のためであれ、仏戒、殺生戒を犯すことは許されざる所業であり
士農工商という人間社会の身分の中にも入らない身上であるというのです。
仏戒という抑圧に生きる中世の人、とくに卑賤の人達が想われます。

□老人は僧に古今六帖の歌を教え、身は賤しいが、名所旧跡に住めば
和歌の人なみに風流心がそなわるのだと自負し、実は六帖の「逢うことも阿漕が浦に
引く網も」の歌は、この浦の海人の詠んだ歌だといいます。
(流儀によっては「かように詠まれたる」このように詠まれた海だからの意、もあります)
阿漕の霊には二つの妄執があります。一つは「語り」で、老人が語る密漁であり
もう一つは「クセ」で謡われる西行の恋のたとえに引かれたことです。
六帖の歌の詠み人が、この浦の海人であることは、この妄執を更に重くしたというでしょうか。
つまり老人の風流談は、ただの風流談ではなく、
これは次の「語り」や「クセ」の伏流になっているのかも知れません。

□平家物語の異本、源平盛衰記は、源平の争いが主軸ですが、
他の戦記物と趣を異にして挿話、逸話がかなり盛り込まれているそうです。
「巻八、讃岐院事」に「さても西行、発心の起こりをたずねれば源は恋故とぞ承る。
申すも恐れある上臈(じょうろう)女房(宮中の高位の女官)を思懸かけ進らせけるを
「あこぎの浦ぞ」という仰せをこうむりて思い切り、無為の道にぞ入りにける」とあり
「伊勢の海あこぎが浦にひく網もたび重なれば人もこそ知れ」の歌がそえられています。
「この仰せを承って西行が読みける。思ひきや富士の高根に一夜寝て雲の上なる
月を見んとは。この歌の心を思うには、一夜のちぎりは有りけるにや」この能には
全くの蛇足ですが、あまりにも西行がかわいそうなので。
この西行伝説は、「古今六帖」の読人知らずの歌、「逢うこともあこぎが島に引く鯛の
たび重なれば人も知りなん」から作られたといいます。
定家と式子親王を連想させます。

□古今和歌六帖は、紀貫之が娘のために編んだとも、又貫之の娘、源順、その他、
いろいろな説があり、定説がないそうです。鯛という題でこの歌があるそうです。
この歌の「阿漕」は何か伝説がありそうですが、それらしきものはないそうです。
この能の「阿漕」という人物は、この能の作者の創作だそうです。
この集を「古今和歌集」と混同しないでと友人の忠告がありました。

□この能には網を引く場面が二つあります。
前場の終わりと、終曲の中入り後の二つです。
二つの場面は、全く意味が違います。
前場では、阿漕の化身が、この世での生業としての綱を引きます。
この場面に後場の地獄を暗示する演出が付加されます。「にわかに疾風吹き」と謡は
急変、激しい型が連続し、釣竿を投げ捨て中入となります。
能には、しばしば見られる演出ですが、中でもこの阿漕の中入は傑出しています。
見どころの一つです。

□後場は、阿漕の亡霊が四つ手綱を担いで現れ、綱を引くことへの執念を述べ
執心の網を引きます。この網を引く場面は「イロヘ」といい、謡はなく
大小鼓、太鼓、笛の演奏で舞われます。
いちばんの見どころです。「イロヘ」はカケリ、働き、立ち廻りなどとも呼ばれ
「働き事」と総称されます。
中には善知鳥(うとう)や山姥など、手の込んだものがあります。
「イロヘ」が終わるとシテは地獄の業火に焼かれる態で、網を投げ捨て
後見座へ行き一呼吸置きます。
ここまでは阿漕の亡霊がこの世に立ち帰って網を引くのですが、
この後はキリと呼ばれ、あの世の地獄のありさまです。
猛火に焼かれる焦熱地獄、酷寒のため身体が裂け、蓮の花に似るという紅蓮地獄
生前捕った魚が悪魚毒蛇となって襲いかかるなど、凄まじい地獄のありさまを
多彩な型で現出します。
重量感のある結末となります。

この能は名作の誉れは聞きませんが、解説書の多さは随一に近く、愛好者の多さを思わせます。
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