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05.20
Sat

乱(みだれ)

カテゴリ:
水の妖精、猩々が浮やかに酔態の舞をみせる。祝言の曲。

唐土(中国)、揚子河のほとりに住む高風は親孝行者でしたが、そのしるしでしょうか、或夜不思議な夢を見ます。夢の告げの通り揚子の市で酒を売っていると、しだいに富貴の身になります。
 いつも高風の酒を飲みにやってくる不思議な風体の男がいます。いくら酒をのんでも顔の色が変わりません。名をた尋ねると、この揚子江に住む猩々と答え立ち去ります。
 高風は今日も壷に酒を湛えて猩々を待ちます。やがて月も昇り、猩々が浮かび上がります。高風は猩々と菊の酒を酌み交わし、猩々は酒の徳を謡い舞い、汲めども尽きず湧き出る酒の壷を高風に与え共に酔い臥します。高風は酔の眠りから覚めます。猩々の出現は夢だったのです。不思議にも猩々が与えた壷はそのまま残っていました。高風の家は末永く栄えました。

「乱」は石橋と並ぶ祝言の能です。シテの赤ずくめの装束や笑みを浮かべた赤い童顔の面が祝言色と酔態を表しています。
シテは、ゆったりと、浮きやかな「下り端」の囃子で現れ、同じリズムの「渡り拍子」の謡で舞います。能の謡と舞、二つ要素の内、舞を主眼にした曲です。「乱」は「猩々」の特殊演出です。「猩々」では“中ノ舞”を舞いますが「乱」では“中ノ舞”に変えて“乱”と呼ばれる舞を舞い終曲のキリでは詞章の一部を変えて謡います。
“乱”の舞は字の意味の通り酒の酔と波の上での、乱れた足の舞という意味で、他曲には見られない金剛足とも呼ばれる特殊な足使いをします。またリズムに緩急を強調するのもそのためでしょう。
舞“乱”は難度の高い舞です。“石橋”“道成寺”に加えて能楽師が通過しなければならない難関の一つです。初めてこれ等の難曲を舞うことを「開き」と称し能楽師の関門とします。「乱」は「猩々乱」と呼ぶ流儀もありますが金剛流では舞の特殊性から独立した曲として単に「乱」とします。

猩々は中国の伝説上の動物で、オウムのように人の言葉を話し(礼記)酒を好む動物(後漢書)として伝えられたといいます。我が国では、この能のように妖精的な認識ではなかったようで、「酒を好む猩々はモタイ(酒や水を入れる器)の辺りに繋がれ(義経紀)」とか、「その血を以て毛ケイを染める(本草綱目)」、さらに「大海のほとりの猩々は酒に酔ふて臥せりて血をしぼられ(宝物集)」と散々です。我が国の河童のようなものでしょうが、すっかりアイドル化された河童と比べ哀れです。猩々の名は、現在では馴染みが薄く、オランウータンの和名、夏の厄介者、目玉の赤い猩々蝿(ショウジョウバエ)、大酒家にその名を止める程度です。
揚子江は海とも河とも判別できないほどの中国第一の大河です。この能で「海中に住む猩々」というのも頷けます。

この能は、こうした我が国の猩々の認識を越えて作られています。
「菊の酒」「三寸(みき)」「潯陽」の言葉を軸にした詞章を「渡り拍子」のリズムで、酒盛りの雰囲気を醸し、祝言色を盛り上げます。
 「菊の水」は周王の治世、深山に流された少年が、菊の葉に経文を書き付け、その葉から滴り落ちた露が薬の酒になり、これを飲んで七百年経っても童子のままであったという故事(能、枕慈童)によるものす。「三寸」は「酒を三寸(みき)と訓ずるは酒を飲めば則ち邪風、
皮膚を去ること三寸、云々(江次第鈔)」によるものです。
「潯陽」は、酒を愛した詩仙、白居易の詩、琵琶行でよく知られた所です。

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