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04.22
Sat

小塩(おしお)

カテゴリ:小塩
二条の妃との思い出の地、大原野に老人姿で現れた業平の霊が、盛りの桜の下で花見の男と戯れ言を交わし酔いの足も覚束なく立ち去る。法華経を読みつつ待つ男の前に在りし日の姿で現れた業平が昔詠んだ歌、思い出を語り舞を舞う。

仲間を誘い大原野に花見に来た男達の前に、桜の枝を担いだ奇異な様子の老人が現れる。
老人の身は花を頭に飾っても人は老人には似合わない、ただの木の柴と人は見るだろう。だが桜をみれば心配事もなくなるなどと述懐する。
桜の枝をかざした面白げな姿の老人に花見の男が話しかける。
老人は、山の鹿のような卑しい老人が花見など不似合と思うだろうが外見はともあれ心の中は色も香りも残っているのだとぼけ気味に冗談気味に語り二人の心は解け合う。
男は老人を誘い桜の絶景を共に眺める。老人は昔二条の妃が大原野に行啓の時、人々に衣を賜ったが、業平には妃の御衣を賜ったことを我が身の上のように話す。花見酒は重なり老人は酔い、よろぼいさぞらい、よろめき、さまよい夕霞の中に消える。

花見に来た地元の人に大原野の由来、二条の妃の行幸の子細を聞いた花見男達は老人が業平の霊であると確信し、世俗の人ながら経を読み業平の出現を待つ。
やがて花見車に乗り華やかに、世に在った高貴な姿の業平が姿を現す。業平は貴族の中の貴族、その姿を花見男達に誇示し、昔数々の恋を重ねた物語をその折詠んだ歌を添えて語り、男性ながら優艶と舞を舞い、この小塩山での二条の妃との思い出を忘れまいと花に誓う。桜の下に伏す男たちは業平の出現はたまた業平と二条の妃との物語は夢であろうか現であろうかと夢うつつに思い、それは世の人が決めることだと馥郁とした王朝の夢を見続けた。

本曲は入内前の二条の妃、藤原高子との逃避行、伊勢物語六段の後の物語七十六段を典拠とする。七十六段は妃が業平に昔の想い出を忘れない情けを示した物語。
前段の業平の霊は飄逸な中に何処か上品は老人姿で現れ、盛りの桜を種に二条の妃との思い出をほのめかし遣る方ない業平の心情を描く。
後場では華やかに花見車で登場、数々の恋の遍歴、その時の歌を繰り広げ王朝の華麗絵巻を見せる。優艶な女性の舞「序ノ舞」を舞い「花も忘れじ」と小塩での花の頃の二条の妃との思い出を忘れないと花に誓い留める。

平安を代表する男といえば光源氏、在原業平を誰しも先ず挙げるだろう。光源氏は架空の人物だが業平は実在の人物。在原業平は平安中期の人、聞こえた歌人。業平は皇族だが事情により在原の性を賜り臣下に下った。兄に歌人でもある行平がいる。行平の物語は名曲「松風」に作られている。
業平を主人公にした曲に「雲林院」がある。雲林院は伊勢物語六段、二条妃との逃避行のみを濃密に描い秀作。
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04.22
Sat

右近(うこん)

カテゴリ:右近
常陸の國、鹿島の神職何某が今を盛りの桜見物に北野神社、右近の馬場を訪れます。  
貴女とおぼしき女が花見車に乗り侍女を従えて現れます。女は、春風が吹き人の心も和む春、春の光に映える辺りの景色に感嘆します。
女の車を見て神職は業平の歌を思い出し口ずさみます。業平の歌は「見たことはあるが知っていると云う訳ではない、その人が恋しい。今日一日その人のことをおもってぼんやり過ごすのだろう」だった。
神職の口ずさみを聞いた女は、業平の歌の女の返歌「知り合いかどうかはどうでもいいこと、想っていることが大事です」と神職に語り掛け車をおり神職一行を誘い共に花見をします。
女は、北野神社周辺の紅梅殿、老松の社、一夜松、神輿岡など名所を教えます。
神官が末社の神の縁起を訊ねます。私はほんとはこの北野の末社、桜葉明神であると告げ花に隠れ姿を消します。

所の人が神職に桜葉明神の謂れを教え、明神の本体の出現の奇特を待つように勧めます。
やがて月が美しく照り映える中、桜葉明神が現れます。明神は治まる御代を寿ぎ花の袖を翻し美しく舞を舞い、梢に翔けり雲に乗って天に上がっていきます。

先ず鹿島の神職が登場「四方の山風長閑なる、雲居の春ぞ久しき」と謡います。脇能の見本のような体裁ですが、続く在原業平の歌問答では三番目物、鬘的な場面が続きます。類のない変わった脇能物です。
世阿弥がこの曲の「ひおりせし右近の馬場の木の間より」を幽曲の例として挙げているそうです。幽曲とは世阿弥の言葉で、幽玄な情趣を表わす音曲を指すといいます。
初番目、脇能物は主人公が神体や皇帝などで、人間的な情感を排し天下太平、五穀豊穣を祈願、寿ぐことを趣旨としています。この曲の作者はこの埒を越えることを目論んだように思わせます。

北野神社の本殿の裏に、末社の神々の小さは社殿が並んでいます。その中に桜葉明神の社殿があります。
右近の馬場は五月の節句に競馬が催され貴賤都鄙、男女老若で賑わったと云います。今も北野神社の境内に右近の馬場跡と称して長細い地が残されています。
04.15
Sat
   車僧(くるまぞう)
引く牛もない破れ車を法力で動かし西山にやって来た車僧、四方の景色を眺めている。
愛宕山の大天狗、太郎坊が車僧を魔道に誘引しようと山伏姿で現れる。太郎坊には悟りを開いた車僧が増長慢心に見えるのだ。太郎坊は車僧に、人間の存在について禅問答を仕掛ける。問答に勝って魔道に引き入れようとの太郎坊の魂胆だ。
「浮世をば何と廻るぞ車僧、まだ輪の内に在りとこそ見れ(車に乗った姿は輪廻の迷界を彷徨っているように見えるが)」と天狗。「浮世をば廻らぬものを車僧、乗りも得るべき輪があらばこそ(車に乗っているのは我ではないのだ、この世の存在は仮の姿なのだ)」と車僧。二人の問答は続くが天狗は劣勢、俺は恐ろしい存在だ、住んでいる愛宕山は嵐の吹き荒ぶ山、車の道などないが来れるものなら来てみろと捨て台詞を残し雲に乗って飛び去る。

配下の溝越天狗が現れ車僧と天狗の問答のあらましを語り、車僧を嬲れと命じられたといい、車僧を擽れば魔道に落ちるのではないかと車僧を杖でくすぐる。思わず笑ってしまう。

天狗の正体で再び現れた太郎坊。車僧に行力比べを挑む。大雪の中に車を乗り回して共に遊ぼうと太郎坊は杖で車を打つが車は動かない。車を打っても車は動くわけがない、牛を打てと車僧。牛を打とうにも牛はいないと太郎坊。牛ではない人牛だと車僧。(人牛とは未だ分からないが禅の言葉らしいという)車僧が払子を上げて虚空を打つと車は走り出し飛び翔った。流石の大天狗、太郎坊も車僧の法力に感服、合掌して立ち去る。

禅問答の面白さと、悟りを開いた高僧の泰然自若とした姿、これを魔道に引き入れようとする天狗の焦りを描いて面白い。小品ながらまとまりがよく、そのうえ僧と天狗の会話が禅問答形式で歯切れがよい。他の曲には見られない本曲の特色であろうか。
信仰心の薄らいだ現代人には禅問答は理解するには難しいと思うが、この曲から伝わる“感じ”でも十分楽しめる。
前場は禅問答に終止し目立った所作はない。天狗は嵐の吹き荒ぶ我が庵室に来いと威勢を見せて來序を踏んで立ち去る。来序は退場の時用いる囃で、帝王や神、天狗など大きな力を表わす。
アイ狂言が面白い。アイ狂言は素顔で現れ物語のあらましなどを語るものが多いが、この曲では嘯吹(うそぶき)という面を掛けて現れ車僧を揶揄うなど活躍する。嘯吹は口を尖らしたひょうきんな面相で里神楽の“ひょっとこ面”の原型でもあるという。
後場の天狗は、天狗や魔王など人格を越えた存在の登場楽に奏される「大ベシ」に乗って現れる。ゆったりした特殊な足使いは雲に乗っている様子だという。
前場とは打って変わり、泰然とした車僧の前で車を動かそうと鞭で車を叩き、押し、大仰に飛び跳ねるなど焦燥感を見せる。滑稽感さえにじませる。

禅問答は禅僧が悟りを開くための問答だという。鎌倉前期に宋から伝えられた禅宗は、この曲の出来た頃盛んだったのだろう。金春禅竹など禅宗の熱烈な信仰者が知られている。禅問答は人々にもて囃されたのだろう。
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