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02.11
Sat

大会(だいえ)

カテゴリ:大会
鎌倉中期の教訓説話集「十訓抄」の中にある説話を、ほぼそのまま脚色した能という。
比叡山、西塔の僧が京、東北院辺りで子供がトンビを縛り上げ叩いているのに出会った。訳を聞くと殺して羽根を取るという。僧は慈悲心から子供に扇と引き換えにトンビを貰い受け助けた。トンビは天狗が化けた姿だった。
 
能は助けられた天狗が山伏姿で、恩返しに僧を訪ねるところから始まる。
山伏は僧に私は少々神通力がある、恩返しに何か望みをかなえてあげたいという。僧はそれ程の望みはないが、ただ霊鷲山での釈迦の説法の様子が見たいという。山伏は、それこそた易い事です、向こうの杉の下で目を閉じて待っていて、仏の声が聞こえたならば目を開けてご覧ください。ただし本当のことだと思って信心を起こしてはいけないと云い残し木の葉を吹き上げて飛びあがり、梢に翔り谷を越え天狗の通力の片鱗を見せて姿を消す。
僧は杉の木の下で瞑目して待つ。

木の葉天狗(小さい通力しか持っていない下っ端天狗)2,3人が現れ大天狗が東北院で子供に殺されそうになって僧に助けられたあらましを語る。

前場のワキは名乗りもなく、釈迦の説法によってできた色々の経典、お経の由来と比叡山が霊峰であることを重々しく説くだけ、シテも訪れた僧の庵室の様子を述べお礼の約束をするだけで、極めて簡潔な前場だ。アイの語りで物語の内容が理解できる。
アイの語りで、天狗はトンビに化けて遊んでいて山蜘蛛の巣に引掛かっている処を子供に捕まったという。神通力を持った天狗が蜘蛛の巣に引掛かったのだ。思わず頬がほころぶ。十訓抄には山蜘蛛の話はない。

能に登場する天狗は色々の人格ならぬ天狗格を持つ。能「是我意」や「松山天狗」の天狗は魔性を持ち「鞍馬天狗」の天狗は牛若に兵法を教え平家に打ち勝つ力を与えるという人情派の天狗と色々。
この能の天狗はアイ語りによって滑稽味のある天狗に仕立てられている。どんな天狗が現れるだろうかと後場の天狗の出現に期待感が高まる。

天狗は悠長な大癋(おおべし)の囃に乗って現れる。運歩は天狗独特の一歩一歩、スケートの様に運ぶ。雲に乗って飛んでいる様子を現しているという。面は大癋見(おおべしみ)これも天狗専用面、その上に釈迦の面を重ねて掛けている。天狗が釈迦に化けている態。
天狗は舞台正面の椅子に腰かける。獅子の座、仏の御座だ。「普賢文殊左右に居給えり。菩薩聖衆は雲霞の如く砂の上には竜神八部」
天狗はおもむろに経巻を開く。霊鷲山説法の場、一大ページェントだ。
僧はあまりの有難さに天狗との約束を忘れ、涙を流し伏し拝む。
突然、比叡の峰々が響き渡り、帝釈天が天下り、これほどの信者を謀るかと天狗を散々に打ち据える。羽根を打たれた天狗は飛ぶこともできず、ほうほうの態で岩穴の中に逃げ込む。

能は一般に云われる“しずしずそろそろ”ではない。題材も表現形式も多岐にわたっている。こうしたエンタメ性に富んだものも多い。観た後の爽快感を期待する能。
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