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02.01
Sun
二人の男かから同じ時に求愛された蒐名日少女(うないおとめ)。一人を選んでも、もう一人の男の心情を思う痛みに耐えかね、生田川に身を投げる。女は邪淫戒を犯した罪で地獄に落ちる。前場、寒々とした早春の情景、後場、凄惨この上ない地獄の責め苦を描いた名曲。
 

旅の僧が生田の里(神戸市)を通りかかると数人の女が万葉集や古今集の歌を交えた歌をうたい若菜を摘んでいます。僧は女達に「求塚」の場所を尋ねます。女達は聞いたことはあるが、何処にあるか知らない、あなたも急ぎの旅でしょう、つまらないことは聞かないで先を急ぎなさいと教えず一人を残し帰って行きます。一人残った女は僧を求塚に案内し、塚のいわれを語ります。「昔この生田の里に住んでいた莵名日少女(うないおとめ)は同じ日の同じ時に同じ文面の求愛の手紙を貰った。二人の顔形も同じだった。おとめは選びかね、生田川のオシドリを射させ、矢が当たった方を選ぶという。二人の男の矢は同時に鴦に当たった」
言葉をきった女の様子が変わります。今まで人ごとのように語っていた、女の話は「その時わらわ思うよう」と自分自身のはなしになっていく。この女は実は莵名日少女の亡霊だったのです。女は話を継ぎます。
「わたしは思った。仲睦まじい、つがいの一方を殺された鴦の無残と、選んだ男の、もう一方の男を重ね合わせ、己の罪の深さに絶望、生田川に身を投げた。二人の男も後を追い、この塚の前で刺し違えた。この三つの塚は三人の墓なのです」と語り塚の中に入ります。

僧達は塚の前で読経し、おとめのあとを懇ろに弔います。塚の中から、乙女の身で非業の死を遂げた跡の、荒涼とした塚の景色を嘆く声が聞こえ、憔悴したおとめが姿をあらわします。地獄から現れたのです。塚の前は次第に地獄の景色が拡がります。
求愛の手紙の男二人はおとめの両手を引いて奪い合い、生田川で殺した鴦は鉄の鳥となって鉄のくちばし、爪でおとめの肉を食う。更に八大地獄がおとめを容赦なく襲います。苦しみに縋りつく柱は火炎を放ち、真っ逆さまに底なしの無間地獄に落ちる。
地獄の苦しみは三年三月の間続きました。苦しみが開け、おとめは塚に帰ろうと地獄の闇をさまよいます。やがて塚の前の地獄の景色は消えおとめの亡霊も塚の中に消えますます。おとめは地獄から成仏できないのではと暗示を残して。

地獄を取り上げた曲は数多い。室町期に流行った「地獄の曲舞」を取り入れた「歌占」、殺生戒を犯して地獄に落ちた「善知鳥」など、凄まじい地獄を描く。この「歌占」はさらに凄まじい。「歌占」も「善知鳥」も壮年の男、「求塚」は少女だ。凄惨と哀切が倍加します。

能の詞章は和歌を効果的に取り入れています。この「求塚」は古今集、風雅集、新千載集、堀河百首、拾遺集、万葉集などから取り入れており、その数に驚きます。これ程多くの歌集、歌の数を取り入れた曲は少ないのではないかと思います。これらの多くの歌を軸に早春の寒々とした景色を美しく優雅に歌い上げています。
この美しい景色が急激な転換を見せます。鮮やかな舞台転換です。
菜摘女は僧を求塚に案内し、塚の謂われを語ります。話の核心近く菜摘女は莵名日少女の幽霊に変わっていきます。姿はそのまま、セリフとわずかな動きで表現します。演ず側は苦心するところです。この舞台転換の暗さをそのまま引きずり凄惨な地獄につなぎます。卓抜したドラマツルギーです。

「求塚」伝説は万葉集にあるといいます。これをもとに大和物語の説話が出来たと云います。この大和物語、能「求塚」をもとに森鴎外は戯曲「生田川」を作りました。
この曲はその凄惨さ故か六百数十年の間、上演が途絶えていたと云います。

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