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08.02
Sat
歌人、藤原俊成の家人が、俊成の死後出家して後、須磨の浦を訪れ、平忠度の亡き跡のしるしにと植えられた「若木の櫻」を訪れます。老人が現れ若木の櫻に花を手向けます。僧は老人と言葉を交わし一夜の宿を頼みます。老人は平忠度の歌「行き暮れて木の下蔭を宿とせば花や今宵の主ならまし」の歌をひいて、この木の下ほどの宿はあるまいとすすめ、じつはお僧に弔って貰うため、ここに現れたのだと言い残し消え失せます。
僧一行は、若木の櫻の下で旅寝をします。
夜更け甲冑姿に、短冊を付けた矢を負った忠度の霊が現れ、僧に勅撰集である、千載集に入集したが、朝敵ゆえに詠み人知らずとなった無念を語り、これが妄執の第一だと訴えます。文武二道に秀でた忠度は自身の最後、岡部六弥太との壮絶な一騎打ちをみせ、また文人としての覚悟の歌「行き暮れて木の下蔭を宿とせば」の歌の心を見せ、花がつまりは根に帰るように、私もあの世に帰るのだと回向を頼みます。

数年まえNHKの大河ドラマに“むくつけ”な忠度が登場し仰天。ドラマは熊野育ちの屈強、大力の早業で聞こえた忠度像なのでしょう。こちらは優雅な歌人の姿を想像していたので驚きました。いまや能はマイナーな芸能。大げさかもしれないが、世は殺伐とした世相、“むくつけ”な忠度の方が受け入れられるのでしょう。
忠度は平の清盛の末弟。伊勢平氏の本拠、伊勢で育ったといいます。大力、屈強の早業で知られた武将。歌人としても知られ藤原俊成に師事しました。千載集、新勅撰集、玉葉集などに入集した名うての歌人だったといいます。
 
能「忠度」は和歌への執心を描いた作品。人の「たましい」は、魂魄、つまり魂と魄、二つあるといいます。人が死ぬと魂は、あの世に旅立つが、魄は四十九日の間この世にとどまり「草葉の陰」などで、この世に残した執心を精算するといいます。能では四十九日の法要がすんでもこの世にさまよい出る幽霊を主題にしたものが多く、「忠度」もその一つです。多くは嫉妬や恨みですが「忠度」は和歌への執心で他にない優雅で、異質な執心です。

この能のキーワードは「櫻」。前場は櫻一色の春ののどけさと、古戦場の想い出が重なり合い、ゆかしい空気が流れます。
「さざ波や、志賀の都は荒れにしを、昔ながらの山桜かな」この忠度の歌が千載集に入集しても朝敵故に「詠み人知らず」でした。また「行き暮れて、木の下蔭を宿とせば、花や今宵の主ならまし」と書いた短冊を、えびら(矢を入れて背負う道具)に結び付けて一ノ谷の合戦に臨みます。花はもちろん櫻。この二首が執心となってこの世に彷徨い出たのです。
岡部六弥太に討たれる場面は生々しく凄惨ですが、修羅物につきものの修羅道の描写「カケリ」がないのも救いです。「花や今宵の主ならまし」と能は終わり、優雅な櫻の花のような忠度像がただよい残ります。


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