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07.20
Sun

采女(うねめ)

カテゴリ:采女
櫻の散る月夜の夜更け、都の僧達が春日神社に参詣します。女が苗木を植えています。僧はこれほど盛大に茂った森に木を植える不思議さに、わけを訪ねます。女は藤原氏と春日の宮とのかかわりを語り、そのおかげで釈迦ゆかりの聖地、霊鷲山のような森になったと語ります。
女は僧を猿沢池に誘い池の畔でお経を読むよう頼み、昔この池で一人の采女が身を投げた子細を語ります。「昔、帝の寵愛を失った采女がこの猿沢池に身を投げました。帝は哀れに思い一首の歌を手向けます。吾妹子が寝くたれ髪を猿沢の池の玉藻と見るぞ悲しき」女はこう語ると、私がその采女の亡霊ですと池水の底に沈みます。(中入)僧は、所の人から春日大社の縁起、采女のことを聞きます。
 僧は采女のために経を読み回向をします。やがて采女の霊が現れ僧の回向のお陰で変成男子をとげ成仏したと喜び、采女の誉れを語ります。(※変成男子―仏教の教え。女はそのままでは成仏できない。いったん男に生まれ変わって成仏する)
「采女は帝のお側近く仕え、心をつくしたのです。和歌をもよくしました。昔、橘諸兄王が陸奥へ下ったとき所の人のもてなしが粗略だと腹を立てました。どのように謝り供応してもお許しになりません。元、采女であった女が供応に立ち和歌をよみます。「浅香山、影さえ見ゆる山の井の、浅き心は、われ思はなくに(浅香山の山の井のような浅く、おろそかな心を私達はもっていません)」元采女のこの歌と才知が王の心を解いたのです。
采女の霊は更に心に残る想い出を語ります。昔宮中に出仕していた時、曲水の宴の折、時鳥の鳴き声に興を催した帝が、舞を舞うように命じましたと栄誉を述懐、その時の歌、「月に鳴け同じ雲井のほととぎす」と謡い、想い出の舞を舞います。さらに采女の霊は、君の世の長久、国土安穏を祈願して舞いおさめ、猿沢池の波に静に消えていきます。
 
シテの登場は舞台も見所も緊張の空気が張りつめるのが常です。ましてこの曲は桜の散る月の夜半という設定です。やがて緊張も解ける頃、春日神社の縁起に導きます。能に馴れない向きには退屈かもしれませんが、静に三笠山の情景を思い浮かばせ上古の世界に誘い、核心の采女入水につなぎます。「及ばずながら君を恨み参らせ」の采女の心情が胸をしみます。クセはこの采女の物語ではなく、橘の諸兄の勘気を解いた元采女の才知と栄誉を語ります。見どころは「序ノ舞」前後でしょう。曲水の宴の折り帝から受けた誉れを謡い舞い、舞上げて、君の世の長久と、国土安穏を言祝ぎます。祝言色を加えた曲は、この類の曲には無いかも知れないが、帝への限りない慕情がにじみます。
地方官吏の娘出身の、きわめて官位の低い役職だった采女の悲憤が、全編にただよう作品のように思われます。
この能の後シテは通常は赤い大口袴をつけます。赤は高貴の色です。赤以外の大口袴を着けることもあります。采女の身分が低くかったことを表します。

采女は地方官吏の娘で、才知、容色に優れた者を選んで出仕させた後宮の女官。平安初期頃には廃止されたが、名は残り色々な身の上の人の呼び名となったといいます。
 能でも文芸でもこの時代の女性の実名は高貴な人以外は出ません。仮の名で登場します。紀有常の娘、紫式部と言った具合です。この能の采女も役職の名です。
猿沢池は奈良の興福寺南門近くにあり能にはよく登場します。池の辺に采女の霊を祀った祠と入水した時、衣を掛けたという「衣掛の柳」の碑がある。
奈良は上古の面影を残すゆったりと、おおらかな町。心をさそう町。
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