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01.14
Tue
□西暦二百年前後、三国時代の中国。人生に疑いを持った青年盧生は、
楚の国羊飛山に住む高僧に教えを請うため、故郷蜀の国を後に旅に出ます。
途中邯鄲の里に着き、ところの宿に泊まります。
 盧生は宿の女主人に、人生に悩みながらも仏道に帰依することもなく、
ただ無為に過ごしている自分の境遇を語ります。
すると女主人は、以前仙術を遺う旅の者から宿代のかたにもらったという枕を見せ
これから粟の飯をこしらえるのでその間に一眠りしてはどうか、と勧めます。
これを用いて一眠りすると、すこしの間夢を見、来し方行く末の悟りを
開くことができる、と言うのです。
盧生はすすめられるままに枕を借り静かに眠りにつきます。
    突然、楚の国の王位を盧生に譲るという勅諚を持って勅使が現れ、
盧生を王宮に案内します。
王座についた盧生の前に、延臣、舞童が居並び、宮廷での栄華の生活が始まります。
雲龍閣や阿房殿の壮大さは言いようもなく、その庭には金銀の砂が敷かれ
四方の玉をちりばめられた門の扉から出入りする人々は、輝くばかりに着飾っています。
東の方には三十丈あまりの銀の山が築かれ、西の方にも金の山が築かれています。
捧げものの幾千幾万荷の宝を運ぶ諸候の列はひきもきならず続きます。
 またたく間に五十年が過ぎました。臣下の捧げる千年の寿命を保つと
言う仙薬の酒を飲み、可憐な舞童の舞いに興をおぼえ、自身も舞楽を舞い始めます。
 宴はさらに続きます。喜びの歌は満ち満ち、夜かと思えば昼になり、
夏かと思えば冬になり、春夏秋冬の花が一時に咲くように思われ、
またたく間に時が過ぎていきます。
突然、「粟の飯ができました。起きて下さい」との宿の女主人の声に盧生は目覚めます。
 五十年の栄華は、粟の飯を炊く短い間の夢だったのです。
 もとの安宿の寝台の上に呆然と起きあがった盧生は、夢の中の栄華を
つくづく思い起こし、どんなに栄華を極めた人生も、終わってみればただの
夢のようなものと悟り、この枕こそ探し求めていた人生の師であると、
望みを叶えて故郷へ帰っていったのでした。

 この能は、旅宿という一場に、そこで盧生が見た夢の場をさしはさみ、
二分し、三場とするという変わった構成になっています。
それだけに能独特の場面転換のあざやかさが引き立つ作品といえるでしょう
眠りにつく盧生、勅使の出現…現実と夢とをダブらせ、次第に夢の中へ
入っていくところ。  
そして終曲の、宿の女主人が寝台を叩いて盧生を起こし、再び現実に戻るところです。
また、この二つの場面転換とは意味は違いますが、寝台を下り、
王宮に赴く盧生が、再びもとの寝台に上り掛絡を外すと、そこはたちまち
王座になり、宮殿となります。これも見事な手法だと思います。
この曲は、見せ場の多い作品です。
その第一は、盧生が舞う「楽」でしょう。狭い寝台を広々とした宮殿に
見立てて大きく舞います。この楽の途中に「空下り」という型がみられます。
足を踏み外し、思わず柱にすがりつく、という動作で、観客は思わず
「ハッ」とさせられます。
これは夢が覚めかけたことを表したものと言われています。
 次は「飛び寝」と言われる型で、盧生が夢から覚めるところです。
橋掛幕際に出たシテは、一直線に台まで走り込み、左袖を巻き上げ、
飛んで横臥します。皇帝から、ただの青年に戻る落差を、この激しい演出で
表現しています。昔の名人の芸談を読んでいたら、この飛び寝の時に、
足が上がらないように台の板を打つように飛ぶ、と書いてありました。
意味が解らないままでしたが、前回この舞台を見た時に、台に落ちた反動で
足が上にはねあがらないように、との工夫であるらしいことに気付きました。
能の演者が、観客にとってはごく普通の、当たり前にしか思われない
細かいところまで気を配って演じていることが思われ、プロとはいえ
感心したことです。
こうした台本以外の心配りは、演者の曲に対する深い理解と、持って生まれた
センスに大きく左右されるのだと思います。
そして象徴劇と言われる能を考える時、ドラマとなり得るか否かは、
まさにこのところにあるのだと思います。
これに加えて観客一人一人の感性が、その能をより壮大なドラマにしていくのでしょう。

 この能に使用されている「かんたん男」は、この曲専用の面で、
額にシワを寄せた風貌はいかにも悩んでいる青年の顔です。
いつの時代からかこの面は、その上品な面立ちのせいか、「高砂」などの
若い男神にも使われるようになりました。
 盧生が生きた時代は、漢王朝が滅び、魏、呉、濁の三国が覇を争った、
二世紀末から三世紀後半の、百年足らずの間です。三国志の描く、関羽、
張飛などの豪傑、諸葛孔明などの智将が活躍した時代です。
まれに見る激動の時代でした。現代もまた、もう一つの乱世と言えると思います。
若者の悩みも又変わることはないように思われます。
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