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01.14
Tue
□ 能会の最後に舞われる五番目物、又は切能と呼ばれる曲です。
 深刻な趣の能ののちの肩ほぐしには、うってつけの作品です。

大唐の天狗の首領、是我意坊は、日本を天狗の道、魔道に引き入れようと渡来し、
愛宕山の天狗、太郎坊を訪ね協力を頼みます。
太郎棒は、比叡山は日本の天台山であると教え我等の力の及ぶところではないが
相手の慢心につけ込む機会を待つしかない、それにつけても不動明王の威力を考えると難しいと
思案をめぐらします。
さらに二人は天狗の道、魔道に沈む身でありながら仏の慈悲で地獄に堕ちる事を逃れたのに、
こうして天狗の身となり仏敵、法敵となるとは悲しいと嘆き、
このまま逆らい続ければ、いつかは不動明王の火炎に焼かれ、降魔の剣で処断されることだろうと恐れます。
しかし二人は、このままでは時が過ぎるだけだと決心し、比叡山に向かいます。
比叡山飯室の僧正が勅命によって参内する途中、我かに嵐が吹き荒れ、天地が鳴動すると見るや、
天狗、是我意坊がその本体を表します。
天狗は邪法を唱え、激しく僧正に挑みかかります。
僧正が不動明王を念じますと、不動明王が諸守護神を伴って現われ、
更に、山王権現、男山八幡、北野天神、賀茂天神の諸神が現われ、神風を起こします。
天狗は、さしもの飛行自在であった翼も折れ、力つきて、これ程恐ろしい仏力、
神力の国であったかともう再び来るまいと言い残し、唐土へ逃げ帰ります。

□ 前場の終わりを「中入」といいます。
これまでは、シテ是我意坊、太郎坊とも山伏姿、天狗の仮の姿です。
この中入で、アイ飯室の能力が登場して前場のあらまし、是我意坊のことなどを話します。
能は、前、後場を同一人物が勤めるのが通例ですので、後場の装束替えなど準備が必要です。
アイとは「間」のことですが、単に「つなぎ」とならないよう心をくだくところです。
後場の是我意坊は本来の姿、天狗となって現われます。
「大べし」という極めてゆっくりとしたテンポの囃子にのって現われます。
歩き方も天狗独特です。雲に乗った態だといいます。
舞台に入った天狗は、羽団扇を立て不動明王の態を見せ示威の「イロへ」を舞います
「イロヘ」は謡はなく囃子だけで舞台を一巡する簡単な所作です。
「イロへ」のトメ(終わり)に僧正の車の前に飛び込み車の長柄をつかみ、おどします。
諸神と天狗の争いは「舞働」で見せます。舞動きも囃子だけで舞います。
闘争の場面ですので激しい型の連続です。

□ 明治期、イギリスの登山家がスポーツ登山、近代登山を伝えました。
南、北、中央アルプスなどの高山に登って、ほとんどの山頂に祠が祭ってあるのを見て
同行の人達は天狗の仕業だろうと驚いたといいます。
今でも尾根筋に天狗の像を彫った石塔をよく見かけます。
あるいは羽団扇を持ち、あるいは肩に翼を持っています。昔は天狗は身近な存在だったのでしょう。

□ 能に登場する天狗は空を飛び嵐を起こすなど神通力をもつ怪物ですが、
どことなく愛嬌のあるキャラクターに仕立てられています。
本曲では仏法を妨げようと意気込むが、不道明王が恐ろしいといい、
「大会」では地に落ち殺されかかったところを僧に救われ、
お礼にと神通力で釈迦の説法を再現して見せますが、帝釈天の怒りに触れ退散する。
「鞍馬天狗」では牛若丸を花見に誘うなど、愛すべき存在として扱われています。

□天台山は、中国浙江省の千二百米ほどの山で天台宗の根本道場があり多くの学僧が学びました。
最澄は唐に渡りこの天台宗を学び、比叡山に延暦寺を建て根本道場としました。
その後延暦寺では、中国で天台寺宗を学び帰朝した人を天台座主にすることが行われました。
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