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12.09
Mon
高砂の神松、羽衣の天女の松、鉢木の人情の松と、松三つを揃え、
東京金剛会七十周年の初回に備えた選曲でしょうか。
劣勢ながら七十年の星霜に耐えた会、支えた会員の気骨稜々、声援だけでも送りたい。

この能は「祝言の隋一なり口伝秘事多し」と伝書にあるそうです。
初番目脇能の代表作といわれています。
阿蘇の宮の神主友成は海路、都見物にのぼる途中、播州の名所、高砂の浦に立ち寄ります。
さわやかな春風の中、海辺の松の下を掃き清める老人夫婦に出合います。
友成が高砂の松と相生の松は国を隔てているのに、どうして相生の松というのかとたずねると
老人はこれ古今集の序によるものだ、私たち夫婦は相生の松のように
高砂と住吉に分かれて住んでいるが、夫婦の愛情には変わりはないのだと夫婦の道を説き、
松のめでたい和漢の故事を語り、実は私たちは住吉、高砂の神である、住吉で待とうといい残して
小舟に乗り、折からの追い風に帆を孕ませて沖の彼方、住吉へ去って行きます。
友成は浦の人を呼び、改めて高砂の松のいわれを聞きます。
浦の人は船を新造したので、このような奇瑞を見た友成を乗せるに、よい乗り初めであると
月の出を待ち後を追います。
月明かりの早春の岸辺に住吉の明神が現れ神官を鼓舞して囃させ颯爽と神かぐらを舞い
神の恵みと君の正しき政道、民の寿福を寿ぎ舞います。

□高砂は脇能の代表、祝言第一の能といわれています。
脇能とは天下泰平五穀豊穣を祈願する神事に似た、能の根本といわれる「翁」に付随して
演ぜられる祝言能のことです。
各役に秘書口伝が多いのも、古来大事にされた曲であることを示しています。
演劇的にも文学的にも優れ、古来これほど親しまれた曲は少ないとまでいわれます。
和漢の古典の引用が多いのも抜群で、このため我々現代人には複雑難解の感もあります。
当時きわめて身分の低い芸人でありながら、これほどの古典に接することができた作者の境遇がしのばれます。

□この曲には、祝言、めでたさ、などをあらわす事柄がいくつかあります。
これが渾然と絡まっていてわかり難いところがあります。
「松」。この能は松の能かと思われる程の松づくしです。
まず老夫婦が現れ高砂の松の下を掃き清めることろから物語りは始まります。
脇能独特の演出が松を強く印象付けます。
「サシ」から「クセ」で松のめでたさが述べられます。
松は四季にも葉色、姿を変えることなく永遠不変、その姿は高貴であり
秦始皇帝(しんのしこうてい)に爵位を授けられたほどの木であると述べ
「松の葉の散りうせずして色はなほ、まさきの葛、永き世のたとへなりけり
―中略―相生の蔭ぞ久しき」と結んでいます。
つまり、松は永遠不変の象徴であるとします。
 「和歌」須佐之男命(すさのうのみこと)が出雲に大宮造りした時の詠歌が
和歌の始まりであるとすることから、和歌は国を豊かに守ると考えられていたようです。
古今和歌集眞名序に「天地を動かし鬼神を感ぜしめることわざ」とあります。
この曲には、これらを踏まえた和歌賛美が随所でうたわれます。
和歌をさして「言の葉」「敷島」とうたいます。
 「老」祝言の能のシテは老体が多いです。それは、神、神の化身は老体がふさわしいし、
長生は人の唯一の願でもあるからでしょう。
本曲でも、この「下蔭の落葉かく、なるまで命ながらへて。なほいつまでか生きの松」
長生を達成した喜びがうたわれます。
「君が代」天皇の治世でしょうが、室町、徳川将軍でもあるのでしょう。
君主国家では、為政者によって民の禍福が左右され、民は為政者に尭舜、延喜天暦の治を希求したのでしょう。
本曲の初めの地謡「四海波」は江戸城の謡初めに楽頭、観世太夫が将軍の前に平伏したままで謡ったそうです。
治まる治世を「枝を鳴らさぬ」と謡っています。
この能は、これらの「ことがら」、国家の最小単位である夫婦の和合、寿命の長久、国土安穏などを
松の永遠不変をかりて寿ぐ能のようです。

□ワキはものものしい五段一声(眞ノ次第)の囃子で登場し、儀式神事を思わせる型をして
祝言能の雰囲気を盛り上げます。
シテとツレの老夫婦の登場は、神の化身ですので一層荘重な眞ノ一声です。
二人向き合って老の感慨を謡います。
老の悲しみ、苦しみではなく、永らえた命のよろこびと解すべきでしょう。
この一声から、上歌までは、屈指の美文で聞きどころといわれています。
相生の松についてワキにたずねられ、二人は夫婦の道を説きます。
婚礼の祝言に「四海波静かにて」の小謡や「高砂やこの浦舟に帆を上げて」のワキの待謡をうたうのは、
これによるものでしょうか。
“高砂や”よりも“四海波”を謡うべきだとしますが、将来へのいわゆる船出には
“高砂や”の方が納得です。
複式能の常ですが、この能の前場には、さ程の型はありません。
華麗な大臣装束のワキやワキツレ、端麗な老人夫婦の雰囲気が爽やかな囃子、謡とあいまって
祝言色が横溢、堪能です。
初同(最初の地謡)の「四海波」は定型通りに舞いますが、老体を排して強く舞うという習いです。
「クセ」と中入前のシテが住吉に向うところに凝った型があります。
「クセ」の後半にシテは立ってサラエを取り直し松の葉を掻く型をしますが「久」の字を書く習いです。
中入前では両の袖を広げ、帆を張る様をします。共に前場の見所でしょう。
□ 後場は、スピード感溢れた、千変万化の舞台が楽しめます。
「松根に倚って腰を摩れば」と松の長寿にあやかる風習のようなもの、
「梅花を折って頭に挿せば二月の雪、衣に落つ」の華やかさ「さす腕には悪魔を払い、おさむる手には寿福を抱き」の
抽象のおもしろさ、などなど。
圧巻は急調の神舞でしょう。
能はしずしずと舞うものという能に不案内の人に見て欲しいものです。
能の終わりにシテは、シテ柱に向い足拍子を二つ踏みます。
陰の拍子といいます。
祝言能では、見所に向き三拍子を踏みます陽の拍子といいます。
この拍子はワキが踏むこともあります。

□本曲の「サシ」に「松花の色十廻りと言へり」つまり松は千年に一度花を咲かせるとあります。
西王母の桃の如しということもあるかもしれませんが、松の花は地味で花とは認められなかったのでしょう。
松の花は毎年春、新芽の頭頂につけます。果実はいわゆる松ボックリです。
日本には海の近くに黒松、内陸部に赤松、高地にハイ松、五葉松、種子島、屋久島地方に天然記念物の
種子久五葉がありますが、松食い虫の被害で風前の灯と聞きます。
日本人の好物、松茸は赤松に限らず、松科の木の下には種を選ばず生えるそうです。
ただし、味の方は解りません。
(梅)
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