FC2ブログ
--.--
--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

09.21
Sat
半蔀 突き上げ式の窓。源氏は半蔀の奥に仄見える夕顔を見初めた。傍らに夕顔が咲いていた。(源氏物語、夕顔の巻)

□都紫野、雲林院の僧は、夏安居の修行が終わりに近くなったので、夏安居の間、仏前に手向けた花の供養を行います。
 何処からともなく女が現れ夕顔の花を手向け僧に五條あたりに住んでいた者だと意味ありげに言い残し立花の陰に姿を消します。
所の人に光源氏と夕顔の話を聞いた僧は、五條の夕顔の上の旧跡を訪ねます。旧跡は昔のままの佇まいで、雑草が生い茂っています。小家(小さな粗末な家)の中から和漢朗詠集の詩を吟ずる女の声が聞こえてきます。
夕顔の霊であろうと思った僧は昔の、花のような姿を見せたならば跡を弔いましょうといいます。
 半蔀を押し開け夕顔の霊が姿を現します。この小家で源氏と邂逅したこと、夕顔の花が桟縁となって深い契りを結んだことなど、この小家での思い出を語ります。
夕顔の霊は思い出の舞を舞います。夜明けの鐘が鳴り鶏の声も聞こえて、姿は半蔀の中に消えていきます。
□この能はまぼろしのように儚く死んだ薄幸な女性、夕顔の上と光源氏との出会だけに焦点を絞り、情緒のベールをかけ、おぼろおぼろと描いた作品です。
 出典の源氏物語、夕顔の巻では、この夕顔の上を無邪気な子供っぽい女性として描かれているといい、また帚木の巻「雨夜の品定め」で頭の中将は夕顔を弱々しく内気な女と評しています。この能はこうした夕顔の上を描いています。
 この能の間狂言が「夕顔の花の精現れたるか又は夕顔の上の御亡心にて候べし」と語るようにこの能の主人公、シテの夕顔は花の精なのか、夕顔の上その人なのか判然としないといいます。存外作者の意図だったかもしれません。

□この能の作者は内藤藤左衛門とします。
あまり聞き慣れませんが細川家の家臣の一族であったようで他に「俊成忠度」があります。
 同じ夕顔の巻に拠った作品に世阿弥作「夕顔」があります。骨格のしっかりした、世阿弥らしい作品です。世阿弥はこの作品にかなりの自信を持っていたようです。
 これら二つの曲、「半蔀」、「夕顔」は同じ三番物ですが趣に格段の相違があります。
作品の優劣はともかく上演頻度は「半蔀」の方がこれも格段に多いようです。

☆★☆★物語の展開を追って☆★☆★
ワキ僧が「名乗り笛」で登場します。
笛だけの演奏で静かな雰囲気が流れます。僧は一夏安居(いちげあんご)の間、仏に供えた花の供養を行うと述べます。
一夏安居とは、夏の間、行脚(あんぎゃ)修行を止め、座禅修行をすることです。
「花の供養」に女が夕顔の花を挿し添えます。花は夕顔の上を暗示します。能ではよく使われる手法です。

□シテの登場もきわめて静かです。大・小鼓と笛の静かなテンポの「アシライ」で登場し、一の松に立ち「手に取れば手(た)ぶさに汚る立てながら。三世の仏に花奉る」と独白します。奉るべき夕顔の花も持っていませんし、立花に挿し添える所作もありません。
観る人の想像にまかせます。
シテは唐織り着流しの里女で現れます。市井の普通の女性と言うことです。女は僧と夕顔の花について問答し、夕顔の花の供養を頼み、i今はこの世には無き身だが、五條あたり住んでいた者だと夕顔の霊をほのめかして立ち去ります。夕顔の上の霊とも夕顔の花の霊とも名乗りません。
面は孫次郎を使いますが、清楚さや夕顔の花の霊を強調するときは小女の顔の小面を使います。
これで前場は終わりです。きわめて簡潔でしかも情緒横溢です。後場への期待感と、イメージがふくらみます。

□所の人「間(アイ)」が僧のもとに花の供養にやって来ます。僧に乞われて、光源氏と夕顔の上とのことを物語ります。
この「アイ語り」は、その曲のあらましを語ることが多いのですが一曲の中心をなす「クセ」が前場にあり「アイ語り」が「クセ」の後になる曲も珍しくありません。このとき「クセ」の内容が「アイ語り」と重複して二番煎じのような印象を与えることもあります。
この曲は「クセ」が後場にあり「アイ語り」の内容が「クセ」でより祥しく情緒的に語られ相乗効果を上げています。

□「アイ語り」が終わると、後場です。
後見が藁屋を運び出します。藁屋には夕顔の蔓が這いかかり、ヒョウタンが下げられていますが「引廻し」という布が掛けてあり中は見えません。夕顔の上が生前、住んでいた小家です。中にはシテが入っています。
ワキ僧は、座を立ち小家に向かい二,三歩あるいて止まり、雑草の生い茂った、小屋のたたずまいを謡い、寂しい秋の情景を演出します。まさに「ワキ僧は二歩三歩して着きにけり」簡潔にして要を得ています。
淋しげな一声の囃子をうけ、小家の中からさびしい秋の風景を作った詩を吟ずるシテの声が聞こえてきます。
後見が静かに「引廻し」を下ろします。珍しさと意外性を貴ぶ能の演出です。見慣れていても息をのむところです。
シテは半蔀を押し上げ「藁屋」を出ます。後見はシテの半蔀を開ける所作、「型」に合わせて後から突上竹で押し開けます。後見はシテの「型」とズレないよう意を用いるところです。

□藁屋を出たシテは「クセ」を舞います。前半は源氏物語、夕顔の巻の中の、源氏が初めて夕顔の家に泊まった様子や惟光に夕顔の花を折るよう命じたことを語ります。クセの中ほどでシテは扇を開きます。扇は惟光を招き寄せたり、折り取った花であったり、又それを載せた扇だったりします。
源氏が扇面の花をつくづく見入る「型」のあと源氏に花の名を問われて答えなかったら、この扇が源氏の手に触れることもなく、深い契りを結ぶこともなかったでしょう、と懐古してとめます。
一般に「クセ」は定型の「型」を連ねて舞いますが、この曲は説明的、具体的な情景を表す「型」が多く使われます。

□クセの終曲に地謡が源氏の反歌「折りてこそ」と静かに謡います。序ノ舞の序曲のようでもあり、クセの内容の序ノ舞への移入のようでもあります。
序ノ舞が終わるとシテは「折りてこそ、それかとも見めたそかれに」と上ノ句を謡い、地謡は受けて「ほのぼの見えし花の夕顔」と下ノ句を謡います。「クセ」「序ノ舞」「キリ」の間の不連続線が消えてあまりあります。
「序ノ舞」は能の舞いの中で最も静かで優雅な舞です。
能の舞は、舞の種類によって心の昂揚、戦い、示威、遊舞、歓喜、懐古をあらわします。いずれも謡いはなく、鼓、笛の演奏で舞います。
終曲は鶏の声、鐘の音など、夜明けの状景をノリ良く謡い舞い、文句のように「又半蔀のうちに入りて」と藁屋の中に入り、とめます。扇で頭を隠すのは、消え失せてしまったこと、僧の夢であったことを示します。

□本曲には「小書」立花供養があります。色とりどりの花を華道の立花に活け、舞台の正面先、又は後方大小前に据えます。後見二人で持ち出すほどの大がかりなものです。
シテは夕顔の花を持って出、立花に挿し添え「手に取れば」と謡います。
後の藁屋は橋掛に出します。そのためシテの型は常とかなり変わります。
立花は出さず、これに準じた型をする「替え型」の小書もあります。
この「立花供養」の方が本来の演出であるのではないかといわれています。

□舞台後方に据えられる半蔀藁屋に「ひょうたん」がぶら下がっています。奇異に思われる向きもあるかもしれませんが、夕顔の上の家であることをしめしています。夕顔は通称「かんぴょう」「ひょうたん」は「かんぴょう」の変種で、もとはおなじです。
一般にウリ科の植物は黄花で朝開花するものが多いのですが夕顔は、夕方に白花を開かせ名の由来ともなっています。「よるばな」の異称もあります。インド・アフリカあたりの原産で古くから栽培していたようです。
高貴の家には植えられませんでした。源氏が珍しがったのはそのためでしょう。
全草粗毛におおわれ、葉は大きく、夕顔の巻に「これに(扇)置きて参らせよ枝も情なげなめる花を」というのもそのためです。

☆★☆★源氏物語「夕顔の巻」梗概☆★☆★
その頃源氏は六条の御息所のもとへ通っていました。その道すがら、たまたま病気の大弐の乳母(源氏の乳母、惟光の母)を見舞います。
乳母の隣家のすだれ越しに美しげな女達が源氏の方をうかがっています。
源氏はこの家の板壁に蔓草が這い上がり白い花が咲いているのを目に留めます。御随身に命じて一枝折らせます。
家の中から少女が出てきて、茎や葉に風情のない花なので、これに載せて差し上げて下さいと白い扇を差し出します。扇には歌が添えてありました。
「心あてにそれかどぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」(あて推量ですが、源氏の君かと存じます。光は光源氏をさす)
源氏の反歌
「寄りてこそそれかとも見めたそがれにほのぼの見つる花の夕顔」(近くに寄って確かめてはいかがですか)
源氏は乳母子で家臣の惟光に女の素性を調べさせます。
惟光の報告から、女は「雨夜の品定め(帚木)」で頭の中將が話した常夏の女のように思えてますます興味をつのらせ、女に近づきます。源氏は身分を隠し顔も見せないようにして深夜通いつめます。女は不安げな様子でしたが、身分を明かすことを求めませんでした。
源氏はこの女の内気で頼りなげな子供のような風情にすっかり耽溺します。
八月十五夜、源氏は夕顔の家に泊まります。隣家からは卑しい人達の生活の声や物音岳精進(吉野、金峰山参籠の前の精進潔斎)の声まで聞こえ、源氏を驚かせます。
その夕方、源氏は夕顔を連れ出し某の院に行きます。惟光、夕顔の侍女右近、御隨身二三人が供します。
荒れ果てた庭園や人気のない邸内の奥深さは不気味です。次の宵過ぎ夕顔は物の怪に襲われ取り殺されます。悲しみのあまり源氏は病の床につき一命も危ぶまれるほどでした。
源氏は右近の話から夕顔の素性を知ります。源氏の予想通り女は、頭の中將の話した女であり、頭の中將との間に子供(玉葛)がいることもわかりました。夕顔は頭の中將の正妻の実家右大臣家の目を逃れるため、乳母の家に姿を隠していたのでした。源氏一七歳の夏から初秋。
スポンサーサイト
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。