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09.20
Fri
□平経正は幼少の時から北山、仁和寺御室の御所(守覚法親王)に仕え、寵愛されていました。法親王は、一ノ谷で戦死した経正を悼んで僧、行慶に経正愛用の琵琶を手向け、管弦講の追善を催させます。
 夜半、管弦の音に引かれ幻のように、おぼろおぼろと経正の霊が、唐の詩人、白楽天の詩を吟じながら現れ、生前親王から授けられた琵琶、「青山」への執心、親王の恩顧を述べます。
 僧都行慶は経正が、若年ながら人の道を守り、詩歌や管弦の道に親しんでいた事を偲びながら手向の琵琶「青山」を弾きます。
経正の霊は昔に還えり、鳳凰の翼のように袖を翻し夜遊の舞に興じます。
 にわかに「修羅道」の苦しみが経正を襲います。修羅道の責めに苦しむ自分の姿を恥じて、経正の霊は灯火を消そうと火の中に飛び込み暗闇の中に姿を消します。

 ○メモ
  管弦講 管楽器(横笛など)弦楽器(琵琶、琴など)を演奏して死者を弔う法要。
  靑山  玄象、獅子丸とともに唐から渡来した琵琶の名器。
  鳳凰  古代中国の想像上の霊鳥。五色の羽を持つ。
  修羅道 怒りや争いの絶えない地獄。多く武人が落ちる。

□経正の亡霊は仄かな灯火のなかに「有るか無きか」に冥界の空気を引きずって現れます。
この、おぼろおぼろの中で、法親王から受けた恩徳を語り生前手慣れた琵琶、靑山への執心を述べ、いかにも神経の細やかな、詩歌、管弦好きの優雅な青年公達像を彷彿とさせ、静かな情緒の時が流れます。「クセ」は和漢朗詠集の詩や霊鳥、鳳凰の故事が美しく謡われます。軍装のまま、鳳凰が翼を広げたように華麗に舞う経正を修羅道の苦患が襲います。経正は宮廷貴族でありながら又武士でもあるのです。若年といえども戦いという宿命は避けられません。それ故いっそう哀れが心に沁みます。クセのあと舞う「カケリ」は、常は戦いの様子ですが又、夜遊の名残とも次の地獄の苦患の導入とも思っていいとおもいます。情緒的な前の場面と、後の地獄の場面とが、なめらかに無理なくつながります。キリと呼ばれる終曲の戦闘場面は、手際よく「型」として理想的に纏まめられ魅力的です。 
 出典の平家物語に経正戦死の記述が有りません。当然ながら終曲部、キリは経正の最後の場面ではなく経正が落ちた地獄、修羅道の有様です。降りかかる矢を払うと、その剣は我が身を切り、その血は猛火に変わり我が身を焼く、まさに地獄絵を見るようです。

 ○ひとこと
  クセ  中世の芸能、曲舞の型式を取り入れた一曲の中心部。見どころ聞きどころ。
  カケリ 戦闘やその苦しみ又、狂女物の狂乱のさまを表す舞。囃子だけで舞う。

□経正は平清盛の弟、経盛の長子です。一ノ谷の戦い(一、一八四年)で討たれました。
弟の敦盛が一六歳だったことから推して、少年から青年の過渡期だったろうか。面も一六又は中将を使います。
平家物語「経正都落」に、戦乱の慌ただしさの中、甲冑姿のままで法親王を訪れた経正は慣れ親しんだ琵琶「青山」を、これほどの名器を田舎の塵にするのは残念だ、と返上し別れを惜しみ、歌を読み交わします。経正の歌「呉竹の懸樋の水は変われども、なを住み飽かぬ宮の内かな」。琵琶の腕前も相当なものでした。「青山の沙汰」に、経正一七歳の年、宇佐八幡の勅使として下った時、神前で秘曲を手向け「宮人は皆、涙で袖を濡らし、聞いても解りそうもない奴まで村雨の音と間違えなかった」。経正は琵琶「青山」、弟敦盛は名笛「小枝」と兄弟ともに管弦の名手でした。
経正の歌はこの能の前半に、宇佐八幡のことはクセに採られています。

 ○ひとこと
  十六 少年の公達の面。一六才で討たれた経正の弟、敦盛の顔とする。
  中将 貴公子の面。在原業平を模した。業平の官位、中将に因む。

□仁和寺は京都、御室にある真言宗の寺です。色々な建物が長い回廊で繋がれ、八八八年宇多天皇が出家して御所としたという風格をかんじさせます。
庭の「御室桜」がよく知られています。花が大きく一重ですが、枝先が太く八重桜の姿です。
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