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09.20
Fri
水の妖精、猩々が浮やかに酔態の舞をみせる。祝言の曲。

唐土(中国)、揚子河のほとりに住む高風は親孝行者でした。その褒美でしょうか、或夜不思議な夢を見ます。夢の告げの通り揚子の市で酒を売っていると、しだいに富貴の身になっていきます。
 いつも高風の酒を飲みにやってくる不思議な風体の男がいます。いくら酒をのんでも顔の色が変わりません。名をたずねると、この揚子の海に住む猩々と答え立ち去ります。
 高風は今日も壷に酒を湛えて猩々を待っています。
やがて月が昇り、猩々が浮かび上がります。猩々は高風と菊の酒を酌み交わし、酒の徳を謡い、舞い、汲めども尽きない酒の壷を高風に与え酔い臥します。
 高風は酔の眠りから覚めます。猩々の出現は夢だったのです。
不思議にも猩々が与えた壷はそのまま残っていました。高風の家は末永く栄えました。

石橋と並ぶ祝言の能です。シテの酔態、祝意を表す赤ずくめの装束や笑みを浮かべた赤い童顔の面が祝言色を盛り上げます。
シテは、ゆったりと、浮やかな、「下り端」の囃子で現れ、同じリズムの「渡り拍子」の謡で舞います。
「舞」を主にした楽しい能です。

猩々は中国の伝説上の動物で、オウムのように人の言葉を話し(礼記)酒を好む動物(後漢書)として伝えられたといいます。
 我が国では、この能のように妖精的な認識ではなかったようで、「酒を好む猩々はモタイ(酒や水を入れる器)の辺りに繋がれ(義経紀)」とか、「その血を以て毛ケイを染める(本草綱目)」、さらに「大海のほとりの猩々は酒に酔ふて臥せりて血をしぼられ(宝物集)」と散々です。
我が国の河童のようなものでしょうが、すっかりアイドル化された河童と比べ哀れです。
 猩々の名は、現在では馴染みが薄く、オランウータンの和名、夏の厄介者、目玉の赤い猩々蝿(ショウジョウバエ)、大酒家にその名を止める程度です。
揚子江は海とも河とも判別できないほどの中国第一の大河です。この能で「海中に住む猩々」というのも頷けます。

この能は、こうした我が国の猩々の認識を越えて作られています。
「菊の酒」「三寸(みき)」「潯陽」の言葉を軸にした詞章を「渡り拍子」のリズムで、酒盛りの雰囲気を醸し、祝言色を盛り上げます。
 「菊の水」は周王の治世、深山に流された少年が、菊の葉に経文を書き付け、その葉から滴り落ちた露が薬の酒になり、これを飲んで七百年経っても童子のままであったという故事(能、枕慈童)によるものす。「三寸」は「酒を三寸(みき)と訓ずるは酒を飲めば則ち邪風、皮膚を去ること三寸と云々(江次第鈔)」によるものです。
「潯陽」は、酒を愛した詩仙、白居易の詩、琵琶行でよく知られた所です。イメージが膨らみます。
 「渡り拍子」は一字一拍の「大ノリ」のリズムを、二字一拍の平ノリのリズムにしたものです。大ノリの伸びやかなリズムと詞章の文意を重視、表現する平ノリのリズムを併せ持つリズムです。神仙、妖精などの登場に謡われます。

室町初期に成ったという、書簡文範例集「庭訓往来」の市の由来の項に本曲と同じ内容の説話があるそうですが、本曲の出典か、又は同種の説話があったのかどうかわからないといいます。

この能は、最も短い能であり、半能形式です。この能の成立時は復式能だったのではないかといわれています。本曲の原型ではないかといわれるものに「一番猩々」があり、前場、後場を持つ復式能だったようです。写本が関東大震災で焼失したといわれています。
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