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09.20
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人の根源的な苦しみ、心の奥底に潜む心の鬼を考えさせられる作品。

◆那智(和歌山県)東光坊の阿闍梨(僧の位階名)祐慶師弟は廻国行脚の途中、安達が原で行き暮れます。人里も遠く宿もありません。
遠くに灯の光が見え、やっと一軒家にたどり着きます。一軒家には中年の女が一人、苦しい日々を侘しく暮らす身の上を嘆いています。
祐慶主従が宿を乞うと女はかたくなに断ります。ほかに泊まるすべのないまま、なかば無理に泊まろうとします。さすがに女も気の毒に思い、一行を招じ入れます。
祐慶は枠かせ輪に目をとめ操ってみせてもらいます。
女は、このような賤しい仕事を客に見せるのは恥ずかしいといいつつ糸を操り、折角人間に生まれながら苦しい世を明かし暮らすことは悲しいことと我が身の境遇を嘆きます。
僧は、人間は生きていればこそ仏果を得ることができるのですと諭します。
女も正しい心を持っていれば祈らずとも仏果を得ることができるといいますが、それでも仮にこの世に生まれ、はかない夢のような人生と知りながら後生を頼む手だてもできないこの身は恨めしいと嘆きます。
女は気を取り直し「糸づくし」の糸繰唄をうたいはじめます。
長く繰り出てくる糸を見つめていた女は長い苦しみを思い泣き崩れます。
やがて夜も更け寒くなり、女は上の山へ薪を取りに行くといって座を立ちますが、引き返して祐慶一行に自分の閨(寝室)の内を見るなと念をおします。
不審に思った能力は、祐慶らが寝入るのを待って女の閨を覗きます。
中には人の死骸がおびただしく積み重ねてあります。話しに聞く鬼の住家と知った一行は、一散に逃げ出します。女は、鬼女の正体をあらわし追いかけ、鉄杖を振り上げ襲いかかります。
祐慶一行は数珠を押しもみ五大明王に必死に祈ります。
鬼女はついに祈り伏せられ、嵐の音に紛れて消え失せます。

◆シテ里女は萩小屋の中に入り、後見に運ばれて出ます。小屋は紺地の布、引廻がかけてあります。
後見が引廻しを外すと一軒の家であり、シテが扉を開けて出てくると、舞台が小屋の中の居間になります。扉は小屋の入り口であったり、閨の扉であったりします。
シテは扉をできるだけ細めにあけ後ろ手に閉めたりします。僧に閨の中をみせないためです。
萩小屋は柴で覆った程度の粗末な家をあらわします。床は「異草も混じる茅むしろ」であり、隙間だらけの屋根は月が直接「さし入る」粗末さです。

◆能に生活用具を使う演出は珍しくありません。
松風の「汐汲み車」融の「汐汲み田子」木賊の「鎌」砧の「砧台」など、
いずれもこれらを演技に生かして効果を上げています。
この曲も「枠かせ輪」という生業のための糸車を廻しながら、生活のつらさや人生のはかなさなど話したり、糸繰り唄を唄ったりします。
観客は舞台の女に自らを重ね合わせることになるかもしれません。
女は時々手を止め、涙を押さえたり面を伏せたり月を見たりします。演技上のことですので、廻し続けているものと思ってもらわなくてはなりません。

◆女の苦しみや悲しみは、女自身が語る「心さえ誠の道に叶ひなば祈らずとても」であってもなお深いのは何故なのでしょうか。
女の云う「浅ましや人界に生を受けながら」が心にかかります。
能「江口」に「しかるにわれらたまたま受け難き人身を受けたり」というのがあります。また「大経にいわく人趣に生まるるは爪ノ上の土の如く―往生要集」や「何ぞいわんや人身受け難く仏法遇ひ難し―六道講式」と先聖の言葉にあるように、人間に生まれることは容易にはあり得ない、というのが仏教の考え方であるようです。
受け難い生を受け、選ばれて生まれ来ながらという思いがこの女の苦しみ悲しみを倍加しているとも思われます。

◆女は糸繰りを中断して夜半の山へ薪を取りに行くと座を立ちます。僧の身を案ずる良心です。
立ち上がった女は僧、従僧、能力と見回し、閨の戸締まりを確かめ出て行きますが、引き返し、閨の中を見るなと念を押し僧の返答を聞き安心の態で出て行きます。
あたりに不気味な妖気がただよいます。見どころの一つです。

◆復式能の前場と後場の間を中入り(なかいり)といいます。
大方の能では、間(アイ)狂言が物語の経緯や登場人物のことを語り前後をつなぎます。
この曲では、単なる間(アイ)ではなくドラマに参加します。
シテの不気味な様子に閨の中が気になり寝付かれない様子やワキの様子をうかがう様を面白おかしく演じ、おかしみのなかに緊張感を作り出します。

◆後場のシテ鬼女は、暴風雨、雷鳴、稲光をともなって現れます。凄まじいその様子は囃子と謡で表現されます。
ワキ僧との凄まじい争いは「祈」です。謡はなく、僧達は数珠を押し揉み祈り、鬼女は鉄杖を振り上げ僧に迫ります。
舞台正面の柱の際と幕際とで、シテは身をつづめる(ちぢめる)型をします。祈り伏せられ力が失せそうになった様子です。

◆能「歌占」に「身より出せる科(とが)なれば心の鬼の身を責めて」
というのがあります。鬼とは人の心の中に住む悪心、心の一つの形であろうか、こう考えると、前場の女の嘆きの内容が少し理解できそうです。然れば閨の中に累々と積まれた死体、僧に見明かされた死体はいったい何だろうか。

◆能にはいろいろな鬼が登場します。
これらの鬼の性格は面によって表されます。「葵上」「道成寺」のような嫉妬の鬼や、本曲「黒塚」は「般若=はんにゃ」を使います。
嫉妬の鬼でも「鉄輪」は「生成(なまなり)」又は「橋姫」を使います。
いまだ「般若」になりきらない又は途次の相だといいます。これらはいずれも女性で成仏又は調伏するのは僧です。心の鬼だからでしょう。面の名、般若の名の由来は創作者の名によるといいますが、何やら意味ありげにも聞こえます。
その他ただ人を喰うだけの邪悪な鬼もあります。
「大江山」「紅葉狩」「羅生門」など、面は「しかみ」を使います。
顔をしかめる意と云います。いずれも男の鬼で、ただ人を喰い、退治されても仕方のない鬼です。
大自然の幽気から生まれた鬼の「山姥」や春日野を守る伝説の「野守」など哲学的な鬼も登場し、能の鬼の世界はかなりにぎやかです。

◆この曲は拾貴集、平兼盛の歌「みちのくの安達が原の黒塚に鬼こもれりと聞くは誠か」から想を得たものだといいます。
大和物語にも採られていて、「黒塚の鬼」は陸奥守重之の妹達で兼盛は「その女を得ん」とこの歌を贈ったとあります。女を鬼にたとえて詠むことがすでにあったと云う。
 真弓山観世寺の縁起に神亀三年(七二六)東光坊の祐慶が鬼女に出会ったという伝説があるそうです。当時この鬼の伝説が流布していて、兼盛はこの伝説を踏まえて詠んだともいいます。
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