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09.20
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天下の大盗賊、熊坂長範と牛若丸の激闘を描く活劇

□修行の僧が東国へ向かう途中、美濃国(岐阜県)赤坂の里にたどり着くと、怪しげな僧が現れ、通りすがりのついでにと古墓の回向を頼みます。僧が墓の主をたずねると、回向を受け、喜ぶ者があれば即ち墓の主であり、又草木、国土、ことごとく成仏できるのです、と名を明かしません。
夜に入り修行の僧が回向をはじめようと持仏堂に入ると、仏像も法具もなく、壁には長刀など武具が一面に立て並べてあります。修行僧が不審すると、赤坂の僧は、私は出家間もない者ですと前置きして壁の武具について話します。
この辺りは森が木深く、山賊や夜盗が横行し、人を選ばず下人、下女まで襲います。その悲鳴を聞くと私はこの長刀を打ち振るい助けます。僧には似合わない所業とお思いでしょうが、愛染明王や毘沙門天も弓矢や鉾を振るって悪魔を降伏するのです。
と語ります。やがて夜も更け寝所に入ると見るや、僧の姿は消え庵室は草むらとなり修行僧は松陰に夜を明かしていたのです。

□修行僧は所の人から熊坂長範が盗賊になった経緯や、この所で、少年牛若(源義経の幼名)に討たれた話を聞きます。

□僧が長範の回向をしていると大長刀を持った熊坂長範の霊が現れます。
天下の大盗賊、熊坂長範が、これも天下の豪商、金売り吉次を襲い、牛若との激闘、大活劇が展開されます。

□吉次の東国下向を察知した長範は、国々の名だたる盗賊を集め入念に準備を整え、この赤坂の宿で待ち受けます。
赤坂の宿に入った吉次一行は酒宴を催し夜も更けると前後も不覚に寝入ります。
この時とばかり強盗団は松明を投げ込み乱入します。
牛若もこれを待ち受けていたかのように小太刀を抜いて応戦します。さながら蝶や鳥のように空中を飛び回り、たちまち13人を切り伏せ、手負いは数知れず、大刀を捨て命からがら逃げ出します。
長範はこれを見て盗みも命あってのことと引こうとしますが、天下の熊坂長範が秘術を尽くせば、たとえこの少年が鬼神であろうと負ける訳がないと引き返し、大長刀を振るいさんざんに戦います。牛若が宙に飛び上がり、長範がその姿を追い求めているすきに具足の隙間を切られます。得物ではかなわないと長刀を捨て、組付ちにしようとしますがさんざんに斬りつけられます。しだい次第に重手は深く、薄れて行く意識、落命のありさまを哀切に語り長範の霊は、白々と明け始める夜とともに回向を頼み松陰に姿を消します。

□能では、反復を嫌います。同じ事を繰り返すことを嫌うのです。
例えば謡で同じ文句を繰り返す場合は調子を変えるとか型(ふり)の場合は体の角度を変えるとか重複しているという印象を極力避けるよう工夫します。この能の前シテとワキは僧形で全くの同装です。装束の模様や色を変えるなど工夫しますが、僧形には変わりありません。
他に例のない異色の能といえるでしょう。僧が僧に回向を頼むという、いかにも長範の霊らしい、得体の知れない薄気味悪地いという効果はあるでしょう。この能には長範の相手、牛若は出ず長範の一人芝居です。相手が出ないことで反って神出鬼没の牛若が見えるようでこれも薄気味悪く血の匂いのする能です。

□大方の能の前場でシテは、その正体を暗示する事象を述べるとか直接名乗るとかして中入りします。この能ではその場面がありません。壁の武器がその片鱗を暗示しています。
アイ狂言の語りで熊坂長範一党の武器であったと納得します。アイの語りは前場の反復になりません。

□この能の魅力は、後場のシテ長範が長刀をふるっての大立ち回りです。前半では、床几に腰掛け諸国の盗賊を叫合する場面や、配下がことごとく牛若に討たれるまでを床几にかかり演じます。
本来はシテの台詞であるのをワキにも謡わせシテ、ワキの掛合にして臨場感を盛り上げ配下が松明を投げ込み、切り入り、牛若に討たれるところを長刀をふるい演じます。その迫力に圧倒される場面です。
床几を立ったシテ長範は牛若との一騎打ちを演じます。
牛若は絶えず宙を飛び回っています。もちろんシテ一人の演技です。シテの視線の行方に牛若はいるのです。
長刀を捨て組討ちにしようとして切られ、次第に衰弱していく悲哀を情緒的に描き、類曲にないものにしています。
この能の面白さは、台詞に合ったリアルな演技で、解りやすさにあるでしょう。

□熊坂の長範は、源平時代の大盗賊で、生国は越後信濃の境、熊坂(長野県信濃町熊坂)
とも加賀の熊坂(石川県加賀市熊坂)とも伝えられているそうです。
生没不詳、その実像は、ほとんど拠るべき記録はないといいます。        

□牛若は、父義朝が平治の乱に敗れ、母、常磐の捨て身の助命で助けられ、鞍馬寺に預けらます。長じて、平家打倒を志し奥州、平泉の藤原氏を頼るべく寺を逃亡し金売吉次一行に同行し、赤坂の宿で盗賊に襲われました。 

□金売吉次は奥州の金を京で売り財をなしたという奥州藤原氏の御用達的人物。鞍馬で知り合った牛若を平泉の藤原秀衡のもとに連れて行った。
金売吉次一行が盗賊に襲われたことは「平治物語」や「義経記」にあり、「義経記」では盗賊の首領を藤沢入道とし、長範の名はなく、所も近江、鏡の宿となっています。能に「烏帽子折」があります。前半は牛若元服の話で、後半は牛若と熊坂長範一党との激闘です。
この能は前半の牛若元服にあやかり、子方の卒業式、将来に向けての餞として演じられることが多いようです。
「烏帽子折」は勝者、「熊坂」は敗者の側から作られています。
室町末期に流行し、織田信長が愛好したという幸若舞にも「烏帽子折」があります。
所は美濃青墓とするようです。
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