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08.15
Wed

老木の桜の精が閑雅な舞をみせる能。
嵯峨野の奥に隠棲する西行法師の庵の庭に咲く老木の桜は聞こえた名木です。
西行は下働きの男に今年は西行庵の花見を禁止すると触れさせます。
西行は一人心静かに仏との結縁を待ち望むかのように咲いている桜を眺めています。
都中の名花を訪ね歩く下京辺の人達が、待ちに待った桜狩りの季節だと賑やかに西行庵の桜を見物にやって来ます。
花見禁止令をだした西行だったが、遥々下京辺りから花見に来た労を思い断ることが出来ず、招じ入れます。
西行の優しさからでしたが不満は抑えられず一首の歌を詠みます。
「花見にと群れつつ人の来るのみぞ、あたら桜の科にはありける」
やがて日も暮れ月の頃となります。
西行の歌を口ずさみながら桜の虚ろから白髪の老人が現れます。
老人は「桜の科」とは何かその意味をきくために現れたと云い、世を厭う身には花見の客は迷惑だという西行に、非情無心の草木には人間界の憂世は無関係だ、その申し開きに現れたといいます。老人は老桜の精でした。
老桜の精は都の桜の名所を数々あげその美しさ、趣の深きを称賛します。
やがて暁を告げる鼓が聞こえ暁の勤行の鐘も聞こえ、老桜の精は西行との夜遊を惜しみ閑雅な舞を舞います。
静かな情趣に満ちた夜は明け、老人は跡形もなく消え失せます。

この能を評して閑雅、幽玄,閑寂、蕭条などの言葉が使われます。同じような意味らしいがそれぞれに味わいが加わるのでしょう。
後見が桜の枝を挿した山の作り物を持ち出します。西行の庵の老桜です。シテ老桜の精はこの老桜の中から現れます。白髪に狩絹、彫の深い老人の面は閑雅、閑寂、幽玄等々を具現、形象化したように見えます。
巷の普通人である花見の客、世捨て人の西行、人格を持たない老桜の精にそれぞれの立場を語らせ閑雅な世界を描き出します。
シテの出現までワキ西行、アイの能力、ワキツレの花見客の場面に大半の時間をかけています。西行の人となりが見えてくるようです。
クリ、サシ、クセで老桜の精は都の桜の名所を歌い上げます。人間臭を排した西行の目指す境地のように思われます。
老体の姿で舞う「序ノ舞」が目を引きます。序ノ舞は優艶な女の舞です。
老体の舞は、舞の型は同じでも自ずと趣が変わります。
老人の煩悩を去った清らか美しさ、解脱の姿を見るようです。

西行は鳥羽上皇の北面の武士でした。23才で出家、高野山を拠点に仏道修行に励み四国や奥州などを漂白して自然と交わり、深い仏教思想と自然との交わりを基礎に、伝統や形式に捉われない歌を詠んだといいます。
まだ二十代だった弱冠の藤原定家の素質を見込み撰歌を頼み、又頼まれて東大寺勧進のため再度、奥州の藤原氏を訪ねました。当時、奥州は未開の地で旅は困難を極めたといいます。ものに捉われない気さくな人柄が見えます。
芭蕉の「奥の細道」は西行の奥州の旅の後を訪ねる旅でもあったと云います。
後の文人達の憧れの人だったのでしょうか。

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