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10.28
Sat
古今集の序に「松虫の音に友を偲び」から想を得て作ったといわれる能。
酒の徳を情緒深く描いて仲立ちに、若い二人の男の友情を作った能。

摂津国、阿倍野の市で酒を売る男の所に若い男が仲間を連れて酒を飲みに来る。
酒売りは、曰くありげな男の素性を今日こそ訊ねようと待っている。
昔の懐かしい友との思い出の秋がやって来たと呟きながら男が現れる。

男は面をつけない下面。市井の若い男の面はない。若い武将か若い貴族の面だけ。
だが面がないという理由はそれだけではない。下面にした演出には思わぬ意外な効果もある。この物語の時代、中世は同性愛が流行ったという。この能も同性愛的慕情を作った作品であるというのが一般的だ。
おおかたの人に経験があろうかと思うが純粋な友情もある。前シテの下面が混じ気のない清らかな友情と見える向きもあろう。

男は暮れて行く阿倍野の辺りの佇まいを謡い語る。ここ阿倍野が物語の舞台なのだ。
能はこうした地味な場面を積み重ね核心に導く。
この一つ一つを吟味、味わい核心を待つ、能が大切にする序破急でもあろう。

酒売りは男に、今日は何時もより酒をたくさん用意した。遊楽、遊舞、和歌を尽して楽しんで欲しい、早く帰ってはいけないという。
男は、友と酒を酌み交わし心を通わせればこの市で買い得た唯一の宝だと答える。
男の酒への賛美が心に沁みる。
酒売りは「松虫の音に友を偲ぶ」という男の言葉の端を訊ねる。
「死なば諸共にと思うほどの友人がいた。ある夜二人でこの阿倍野の松葉を通りかかると
松虫の音が美しかった。友が松虫の音に引かれて松原に分け入った。待てども帰らない。友は露の置く草の上に空しくなっていた。仕方なくこの松陰の土中に埋めたが古今集にいうように友を偲ぶ心は浮名となって世に漏れたのです。秋になり松虫が集きだし、その音に誘われて友を慕い亡霊となって現れたのです」
告白して悄然と立ち去る若者の後ろ影に友を思う純粋な心情が滲み出る。

経に引かれて男の幽霊が姿を現す。
顔を覆い隠すほどの頭髪、黒頭に幽霊の面、怪士(あやかし)、前場とはガラリと変わる。
男の幽霊は友情の何たるかを説き、故事を例に酒を酌み交わして作る友人との交わりの深さを語る。
男の霊は友を偲ぶ舞を舞い虫の音に戯れ舞い茫々と茂る草に鳴く虫の音に誘われるように消え失せる。

男の霊の舞は「黄鐘早舞」。他に一例あるのみ。この類いの能の舞は、苦患や狂乱を表す「カケリ」や「働き」などが舞われるのが通例。
黄鐘早舞は盤鐘早舞を意識した舞だという。盤鐘早舞は貴人、雲上人の舞。
この曲は若い男の友情をクセとキリに、豊かな情緒で歌いあげる。それに相応しい舞は早舞であろう。男は下賤の者、位を落として「黄鐘早舞」としたと思われる。

キリで松虫の音を「リンリンりんとして夜の声」と謡う。松虫の鳴き声は俗にチンチロリン。鈴虫はリ~ンリ~ン。松虫は鈴虫の古名だという。
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