FC2ブログ
--.--
--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

04.22
Sat

右近(うこん)

カテゴリ:右近
常陸の國、鹿島の神職何某が今を盛りの桜見物に北野神社、右近の馬場を訪れます。  
貴女とおぼしき女が花見車に乗り侍女を従えて現れます。女は、春風が吹き人の心も和む春、春の光に映える辺りの景色に感嘆します。
女の車を見て神職は業平の歌を思い出し口ずさみます。業平の歌は「見たことはあるが知っていると云う訳ではない、その人が恋しい。今日一日その人のことをおもってぼんやり過ごすのだろう」だった。
神職の口ずさみを聞いた女は、業平の歌の女の返歌「知り合いかどうかはどうでもいいこと、想っていることが大事です」と神職に語り掛け車をおり神職一行を誘い共に花見をします。
女は、北野神社周辺の紅梅殿、老松の社、一夜松、神輿岡など名所を教えます。
神官が末社の神の縁起を訊ねます。私はほんとはこの北野の末社、桜葉明神であると告げ花に隠れ姿を消します。

所の人が神職に桜葉明神の謂れを教え、明神の本体の出現の奇特を待つように勧めます。
やがて月が美しく照り映える中、桜葉明神が現れます。明神は治まる御代を寿ぎ花の袖を翻し美しく舞を舞い、梢に翔けり雲に乗って天に上がっていきます。

先ず鹿島の神職が登場「四方の山風長閑なる、雲居の春ぞ久しき」と謡います。脇能の見本のような体裁ですが、続く在原業平の歌問答では三番目物、鬘的な場面が続きます。類のない変わった脇能物です。
世阿弥がこの曲の「ひおりせし右近の馬場の木の間より」を幽曲の例として挙げているそうです。幽曲とは世阿弥の言葉で、幽玄な情趣を表わす音曲を指すといいます。
初番目、脇能物は主人公が神体や皇帝などで、人間的な情感を排し天下太平、五穀豊穣を祈願、寿ぐことを趣旨としています。この曲の作者はこの埒を越えることを目論んだように思わせます。

北野神社の本殿の裏に、末社の神々の小さは社殿が並んでいます。その中に桜葉明神の社殿があります。
右近の馬場は五月の節句に競馬が催され貴賤都鄙、男女老若で賑わったと云います。今も北野神社の境内に右近の馬場跡と称して長細い地が残されています。
スポンサーサイト
back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。