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03.11
Sat
仁明天皇の崩御を悼む寵臣の前に現れた桜の精が、淡彩の墨絵のような美しい哀傷の舞を舞う。桜の精は仁明天皇が愛した深草山の桜の精であった。墨染風の衣に花帽子の舞が美しい。

仁明天皇の寵臣、上野峰雄は天皇の崩御の後出家、深草山の御陵を訪ね亡帝を偲ぶ。帝が常に愛した桜が誰見るともなく美しく咲いていた。
良峯は歌を詠む「深草の野辺の桜し心あらば、この春ばかり墨染に咲け」
良峰は歌を短冊に写し桜の枝に掛け帰ろうとする。
呼び掛けながら女が現れ、風が吹けば散ってしまう桜のように儚い憂き世です。この身を出家させて下さいと良峯に頼み、今の歌を聞いて発心したという。さらに今の歌の下の句の「この春ばかり」を「この春より」と改めて頂きたいと云い残し、花曇りに紛れて消え失せる。
近くに住む人が来て桜の謂れ語り、その女は桜の精であろうという。
峰雄は経を読み墨の衣の袖を敷き旅寝する。
やがて墨染の衣を纏い花帽子をつけた女姿の桜の精が現れ、桜の徳を述べ亡帝に愛された花の我が身を語り、草木成仏の御法に感謝し、淡彩の墨絵のような美しい哀傷の舞を舞い、明け方の霞に紛れて姿を消す。

本曲は明治時代、元禄11年刊行の「謡曲大観」所載のものに手を入れ復曲したという。
謡曲大観の原曲は、前場に桜の精の里女が世の無常を桜に例え、良峯に出家を頼むなどのかなり長文のロンギがあり、後場にも舞の前に舞の趣旨を語るロンギと更に「乱拍子」もあり、かなり豪華な内容だったようだ。
本曲は天皇の崩御の哀悼にのみに趣旨を置きロンギや乱拍子を削除しすっきりした形にした。金剛流謡本の心得に、天皇の諒闇の中の桜の物語であるから、淡彩の墨絵の花の美しさを謡い舞わなければならない、とある。この曲に手を入れた趣旨でもあろう。諒闇は天皇、太皇太后。皇太后の喪に服することだとある。本曲は金剛流にのみある。

仁明天皇は平安初期の天皇、在原業平の生きた時代といえば納得がいく。
本曲の核とする上野峰雄の歌「深草の野辺の桜し、、、、、、」は堀川の太政大臣と呼ばれ権勢を誇った藤原基経が亡くなり深草山に葬られ、これを悼んで峰雄が詠んだ歌だという。
古今集にも採れている。
この歌はその後仁明天皇崩御に、天皇の寵遇を受けた六歌仙の僧正遍照が詠んだ哀悼の歌とされた。
本曲ではこの歌を本当の作者、上野峰雄の歌とし、藤原基経の死を仁明天皇の崩御としている。
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