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09.24
Sat

高野物狂

カテゴリ:高野物狂
常陸国(茨城県)の人、高師四朗は主君の遺言に従い主君の子、春満を預かり養育している。主君の命日、四朗は主君の墓前に焼香に行く。四朗に家人が文を届ける。文は春満から四朗に宛てたものだった。春満はこの暁、文を残し出奔したという。
文には「この世に生まれるという難しい生を受け、有難い仏の教えに会うことができました。人の世は無常、今出家しなければ悔いを後々まで残すでしょう。一人が出家すれば七代前の先祖まで成仏できると云います。先祖のため、父母のため出家します。誠の父母のように慕っていながら、子細を相談せず別れることはこの上なく辛いことです」一首の歌が添えてあった。「墨衣、思い立てどもさすが世を、出づる名残の袖ぞ濡れける」
三世の契りを結んだ主従です。どうして供を命じなかったのかと四朗は主君、春満の後を追います。
儒教に裏打ちされた中世の人達の人生観、親子、主従の重きが語られる。物語の序曲だ。

四朗は当てもなく主君を求めて旅立つ。折しも雁が列をなして飛んでいく。四朗は中国の故事を思い出す。漢の蘇武が雁の翼に文をつけて故郷に送った。これも忠誠の心からだった。私も主君春満の文を忠誠の印としよう。四朗の心は高揚して狂いの舞「カケリ」を舞う。「カケリ」は戦闘や狂気を表す舞。
 
四朗は故郷、常陸を旅立ち、遥々の旅を経て高野山に辿り着く。高野山への道は山深く故郷の筑波に似て懐かしく、主君への思いは募ったのだった。
高野山に辿り着き、耳を澄ますと読経の声、鐘、鈴の音が心に沁み渡って狂気も覚める心持だった。四朗は開山、弘法大師所縁の三鈷の松の陰で休む。
この場面を「道行」といい、旅の様子を描いたもので見どころの一つだ。

高野山の僧が春満を伴って現れる。僧は四朗を見咎め、物狂いはこの山には入ることは出来ない、帰れという。四朗は反論する。帰れとは寺にあるまじき云い様だ。殊にここは大師が入定、入り定まったところだ。出よとは納得出来ないと反論する。
僧と四朗は仏教教理について論議する。僧は四朗の仏道への帰依の深さに感服する。
 この禅問答の様な問答は、次に続く「クセ」で語られる深々とした霊山、高野山の佇まい、四朗の深い求道の姿につながる。
「クセ」は“狂い”を離れ、極めて静かに舞い、人の心に静かに滲み入る。一番の見どころだ。
クセを舞い終えた四朗は、仏徳礼賛の舞「男舞」を舞う。四朗の舞は狂乱となって行くが
やがて高野山の霊気が四朗の狂気を覚ます。
狂気から覚めた四朗は、四朗をじっと見つめる春満に気が付く。二人は名乗り合い共に仏道の道に入る。

この能のシテは、面を着けない素顔で舞う数少ない一つだ。直面と云う。己の顔を面のように表情を変えず舞うから直面と云うのだろうか。おおかたの芸能は顔で全てを伝える。
世阿弥は直面(素顔)の物狂いを「物まねの奥義、(最も奥深い大切な事柄)」としているという。
高野山は女人禁制の秘境だった。男の舞と相俟って神秘を醸すかもしれない。
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