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04.23
Sat
昔、在原業平が妻を偲び涙を流して渡ったという東国の果ての大河、隅田川。この物語の舞台です。都の女は人攫にさらわれた我が子を訪ねこの隅田川にたどり着き子の死を知る。
言葉を尽くし思いを尽くし母の嘆きを描く。

このところの雨続きで水嵩が増しています。この川の渡しの渡守は、そう多くは往復できない、一度に少しでも多く渡そうと旅人を待っています。
渡し守は身分不相応の素袍姿です。この曲の格に依るのでしょう。
旅の商人に続いて、狂女が渡しにやって来ます。大勢の見物の人を引き連れています。
女は笹を肩にしています。笹は狂女専用の持ち物です。
女は都、北白河の人で人買いに我が子を掠われて心が乱れ、子を求めてこの隅田川まで下って来たのです。女は我が子を思う親の心境をしみじみと謡い、子の所在を気使う「カケリ」を舞います。
 女は渡守に舟に乗せてくれるよう頼みます。渡守は、お前は狂女だろう、面白く狂ったら乗せてやろうといいます。すかさず女は、隅田川の渡守ならば「日も暮るる舟に乘れ」というべきでしょう、と伊勢物語を引いて切り返します。女はさらに、水面の白い鳥の名を渡守に尋ねます。渡守は、あれは鴎だと答えます。女はたとえ鴎であっても、この隅田川の白い鳥をどうして都鳥と答えないのかと又も伊勢物語を引いて渡し守を遣り込めます。「狂い」の序曲です。
能の狂女はその所の、名所、名物をネタに即興の「狂い」を見せ人を集めます。路銀調達と、子の情報収集などのためだったのかも知れません。伊勢物語は特上のネタです。
女は渡し守の要望に応え、東の果てのこの隅田川までやって来て妻を偲んだ在原業平に我が身を重ねた「狂い」を見せます。
笠に手をかけ「遠くも来ぬるものかな」と遠望し、「我が思ひ子はありやなしやと問えども答えぬはうたて都鳥、鄙の鳥とや(田舎者の鳥)」と鳥をなじり、「乗せさせ給え、渡守」と手を合わせ懇願するなど「狂い」らしいリアルな型が連続します。唯一の型どころ見どころです。物語は一転、愁嘆場へ向かいまます。
心を打たれた渡守は、舟の上で狂うなと念を押し舟に乗せます。
対岸から念仏の声が聞こえてきます。渡守は向いの岸につくまでにと、人買いに連れられた少年が旅の疲から病になり、この川岸で亡くなった事を語り、今日は丁度一年忌に当たるので、所の人が集まり、大念仏会をしているのだと話します。ワキ方の重い習い事であり聞かせ処です。
世には似たような話があるものだ、くらいに聞き流していた女は、少年が都北白河の人と聞き、だんだん我が子である事に気づいて行きます。わずかな動きで高まって行く心の動揺の推移を見せます。
女は、少年の生地、父の名、少年の年、その名を梅若丸と聞き我が子である事を確かめ悲嘆の底に落ちます。母親の嘆きは「クドキ」で語られます。節使いを単調に押さえ、母親の嘆きに力点を絞ります。「クドキ」は高潮し「この土を返して今一度。この世の姿を母に見せさせ給えや」と母は塚の前に行き土を掘り返す激情を見せ、地謡が母の激情を宥めるかのように世の無常を、詩情をこめて謡います。
渡守は実の母の念仏を聞けば亡者も喜ぶだろうと女を大念仏に加え、母の首に鉦をかけ撞木を渡します。母は念仏の所々に鉦を打ち鳴らし鉦の澄んだ音と、地謡とシテの念仏が繰り返され愁嘆場の盛り上がりを見せます。
地謡の声に唱和して子、梅若丸の念仏が聞こえて来ます。母は鉦を打ち止め、聞き入ります。やがて我が子が姿を現わします。
母は「あれは我が子か」と取りすがりますが少年の姿は消え消えに失せてしまいます。
やがて東の空も明けて行き、我が子の姿と見えたのは塚の上の茫々とした草でした。
能が終わったことを示す留拍子は踏みません。この能の余韻を損なわないためです。
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